大判例

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名古屋高等裁判所 平成元年(う)388号 判決

所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに,まず,被告人が昭和63年5月16日午前11時35分ころ三重県伊勢市曽祢所在の愛桜会内六代目伊勢川島一家事務所前路上の普通乗用自動車の車内から本件けん銃を使用して実砲3発を発射し(以下「川島一家銃撃事件」という。),同月17日午前零時25分ころ伊藤博康が所有する同市辻久留所在の貸ビル前路上で本件けん銃を使用して実砲4発を発射した(以下「長谷川組銃撃事件」という。)ものであることは,原審で取り調べられた関係各証拠によって明らかであるところ,この各発射行為について原審検察官は,右5月16日のそれが,右川島一家事務所内の守田ほか4名に対する未必の殺意をもって行われたものであり,右同月17日のそれが飯塚に対する未必の殺意をもって行われたものであると主張していたことが,一件記録によって明らかであり,これに対し,原裁判所は右各発射行為が検察官主張のような未必の殺意をもって行われたものであることを認めることはできないとしたうえ,右5月16日のそれは,右守田に対する傷害及びほか4名に対する暴行を構成するに過ぎず,右同月17日のそれは,右飯塚に対する暴行を構成するに過ぎない旨認定判示していることは,原判決によって明らかであり,原判決が以上の判断をした理由として認定説示しているところの大要は,(1)被告人は,いずれの場合にも人の存在を認識しながら,少なくともその近辺めがけて一度ならずも本件けん銃を発砲したものであり,跳弾を含めた弾丸の弾道からすれば,被害者らの行動のいかんによっては,単なる傷害ないし暴行よりも重大な結果が発生していた可能性もある,(2)しかし他方,被告人は,自分の属する隅田組を始めとする倉本組系暴力団と右愛桜会系暴力団との対立抗争において,主として売名的な意図をもって原判示の一連の襲撃行為を行ったものであり,その目的からすれば,相手方を威嚇すれば足り,これを殺傷することまでを意欲していたとは考え難い,(3)実際,川島一家銃撃事件の際,発射した3発のうち2発の弾丸が右守田の約1.5メートル手前付近の床に当たってそれぞれ跳弾になり,残り1発についても右川島一家事務所出入口右側隅の柱の極低い部分に当たっているという弾道の状況に加えて,右事務所内にいた組員の梅谷も検察官に対し,被告人において本件けん銃の銃口を下向きにしてこれを右事務所内に向けているのを目撃した旨供述していることからすれば,被告人は,右守田らの身体を直接ねらってけん銃を発砲したものとは認め難い,(4)また,長谷川組銃撃事件の際も,被告人は,当初,右長谷川組事務所の出入口から内部に本件けん銃を撃ち込もうと思ったものの,正面に人がいると弾丸が当たって死亡してしまうかも知れないと危惧してこれをやめ,外部階下から右事務所内に声をかけたところ,右飯塚が顔を出して来たため,同人の足元辺りをめがけて本件けん銃を1発発射し,同人がすぐさま右事務所の方へ姿を消した後に向けて,なおも3発発射したことが認められること,(5)右のとおり,被告人は,いずれの場合も,被害者らに死傷の結果を与えないように足元をねらうなどの一応の配慮をしたものといえるところ,確かに,そのような配慮をしても,本件けん銃から発射された弾丸が床や壁等に当たって跳弾となり,これが被害者らの身体の枢要部に命中し,これを死亡させることも絶無ではないとしても,そのような結果が発生するためには種々の偶発的要素の競合を必要とし,結果発生の蓋然性は必ずしも高いものではないから,被告人は,被害者らの死亡という結果を認容しながら本件けん銃を発射したものとはいえない,というものである。

しかしながら,原審で取り調べられた関係各証拠によれば,原判決が右に認定説示しているところとは裏腹に,(1)被告人は,自分の属する隅田組を始めとする倉本組系暴力団と前記愛桜会系暴力団との対立抗争において,右倉本組傘下の下に旗揚後間もない右隅田組の名を上げると同時に,右隅田組に加入して間もない自分の組員としての男を上げることにより,右隅田組内における自分の立場を安固なものとし,かつ,自分を拾ってくれた右隅田組組長に対する恩義にも報いるために,他に先んじ右愛桜会系暴力団事務所等を銃撃することを企て,その一環として,川島一家銃撃事件及び長谷川組銃撃事件を敢行したものであること,(2)被告人は,右のような動機から右愛桜会系暴力団事務所等を銃撃することを企てたものの,いざ川島一家銃撃事件を敢行する段になると,本件けん銃発射直前には緊張と興奮とで全身がこわばり,汗がじわ一っと出て来る感じで,本件けん銃を握っていた右手にぐっと力が入ってしまう状態であったし,その時点で被告人自身も,かかる身体的,精神的状態にあることを自覚していたこと,(3)他方,被告人の射撃の技量については,被告人は,本件の暴力団同士の対立抗争事件以前には,昭和61年2月ころに本件けん銃により6発試射したことがあるに過ぎず,けん銃の射撃の腕前は,未熟の段階であり,現に,川島一家銃撃事件の際も,事務所出入口のガラス戸開放部分を通して内部に弾丸を撃ち込もうと,前記川島一家事務所前路上の普通乗用自動車内から両手で本件けん銃を支えて1発目を発射したのに,実際には,1発目からガラス戸の部分を貫通させたうえ,内部に弾丸を打ち込んでしまったこと,(4)したがって,川島一家銃撃事件の際には,被告人自身も自己の射撃技量の未熟の点,すなわち,他人の身体付近をめがけて本件けん銃を発射するに際し,これにより発射された弾丸が直接または跳弾となって相手の身体に当たって相手を死亡させないように発射するというような腕前をもっていないという点を十分自覚していたこと,(5)被告人は,川島一家銃撃事件を敢行するに当たり,事務所内中央のソファーのところに少なくとも4人は座っていることを確認したうえで,右ソファーに座っている人物(右守田)の方に向けて弾丸を2発撃ち込んだものであり,うち1発目は,右のとおり,両手で本件けん銃を支えてガラス戸開放部分を通して右事務所内に撃ち込もうとしたものであり,また,2発目は,乗っていたオートマチックの普通乗用自動車のブレーキが緩んでゆるゆると前進してしまったために,今度は,ガラス戸越しに撃ち込んだものであるところ,結果的に,一発目及び2発目は,それぞれ右事務所の床に当たって跳弾となり,右守田の座っていたソファーや同人の左足親指に命中したものであること,なお,3発目は,乗っていた普通乗用自動車が更に前進し,右川島一家事務所前から離れ始めたため,右事務所の入口すぐ右側に置いてあったポリ容器の方をめがけて発射したものであること,(6)被告人は,長谷川組銃撃事件を敢行するに当たっては,川島一家銃撃事件のときのように脂汗の出るほどの緊張感はなかった代わりに,報復のためにお互いに相手の事務所に車を突っ込ませるようなことをしているのを知り,「何をチョロイことをしとるんだ。どうせやるならチャカでかち込まなければ,倉本の値打ちがない。」,「おれが一発ええ格好してやる。」などと気負ったうえ,前記長谷川組事務所の内部に人がいることを確認した後,警察官を装って内部に声をかけ,その声に応じて前記飯塚が出入口から顔を出すや,右事務所の出入口(2階)に至る階段下から,腰を落として本件けん銃を両手で支えながら同人の方に向けて連続4発も発射したこと,(7)階段を上がった右出入口付近は2坪弱の比較的狭いコンクリート床の踊り場で,壁には硬質ボード,天井には白色ボードがはり付けられた構造であったから,階段下から出入口付近に向けてけん銃を発射するときは,弾丸が踊り場の壁等に当たり跳弾となる危険性があり,現に,右4発の弾丸は,右事務所の出入口に至る階段の上の方の部分のみならず,右出入口付近の壁や天井等の部分にも貫通痕や跳弾痕等の損傷を及ぼしたこと,(8)右発射の際にも前記(4)のとおりの状態で(被告人の射撃技量及びこれについての被告人の認識)であったことの各事実が認められるのであって,これらの事実関係からうかがわれる被告人をいわば捨身的に川島一家銃撃事件及び長谷川組銃撃事件を敢行させるに至った動機の強固さ,そのときの被告人の極度の緊張興奮状態,被告人の行った執ようともいうべき本件けん銃各発射の回数及び態様,被告人の決して高度とはいえない射撃の技量等に照らすならば,被告人は,川島一家銃撃事件及び長谷川組銃撃事件のいずれの際にも,各被害者の方に向けて直接本件けん銃を発射したものであり,かつ,そのいずれの場合にも,銃撃の部位を各被害者の足元だけに限定したうえ,被害者の身体に直接弾丸が命中しないように十分配慮したものではなかったことが明らかであり,結局,被告人は,本件けん銃を各被害者の方に向けて発射すれば,弾丸が直接又は跳弾となって,相手の身体に命中して各被害者を死亡させるに至るかも知れないことを十分認識しながら,前記認定の動機に駆り立てられた末,あえてこれを認容し,川島一家銃撃事件及び長谷川組銃撃事件を敢行したうえ,各被害者の方に向けて本件けん銃をそれぞれ発射したものであり,被告人が少なくとも各被害者に対する未必の殺意を抱いていたことを肯認するに十分であるといわなければならない。

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